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Jun 15

Jun 9

Japanese still fax party invitations, bank documents and shopping orders. Business people call the fax a required communication tool, used for vital messages, often in place of e-mail. In the early hours of last year’s nuclear crisis at the Fukushima Daiichi plant, operators informed the government of an emergency seawater injection by dialing up Tokyo and sending a fax.

… What other device spits out a confirmation notice declaring its success?

“It’s reliable,’’ said Toyoko Yoshino, owner of a real estate company that is an hour outside Tokyo. She uses the fax machine almost daily, she said, because she trusts it.

… So Japan, in a testament to its fax fascination, still tries. As of March, according to Japan’s Cabinet Office, fax machines could be found in 59 percent of Japanese homes. (That penetration rate, after climbing for years, has peaked in the past five years.)

Coming up with a similar number for the United States would require a “polite fiction,” said Jonathan Coopersmith, a Texas A&M University associate professor and an expert on the history of the facsimile. But even in the early 1990s, only about 3 percent of U.S. homes had the machines, he said.

依然としてFAX大国のガラパゴスジャパーン。なにせ59%の家庭がFAXを自宅に持っているのだって!

いまだに役所関係の手続きをすると、どこに行ってもFAXで送れとかFAXで送りますとか。FAXなんてコンビニからしか送らないこちらとしては、旧石器時代の人類に会ったかのように思うよな。数日前も社員の雇用保険の手続きでハローワークに行ったのだが、メールは「セキュリティ」上の理由で外部と繋がっていないので使えないけれどFAXならいいそうだ。もうね、呆れて口も聞けなかったよ。

H/T Marginal Revolution

In Japan, fax machines find a final place to thrive - The Washington Post

(via kashino)

(via kashino)


May 15

なんど研究を投げ出して医者にもどろうかと思ったことか。しかし、35歳で死ぬかもしれんのだから、とりあえずそれまではがんばろうとふんばっていた。そうして迎えた35歳の誕生日。あぁ、いよいよやめるべき日がきたかと思ったけれど、いざとなると、精神は弱く慣性は強し。いや35歳はまだ364日ある、と言い訳をしながら続けることに。そしていよいよ自らが設けた仕切り、36歳の誕生日が目前にせまったころ、二つの、小さいけれど忘れられないできごとがあった。

ひとつは、お風呂でシャワーを浴びていた時に、悲しくもなんともないのに、涙がぼろぼろこぼれたことである。あとにもさきにも一度もない、ものすごく不思議な経験であったけれど、なぜか「あぁこれがボトムなんや」という気がした。そして、これが最悪やったらどうということはない、と、ずいぶんと楽になった。かといって研究は進まず、いよいよ辞めんとあかんかなぁ、という気持ちはつのる一方であった。

京都大学というのは、ちょっと特殊事情があって、大阪のような遠くから通ってくるのは少数派で、多くの人は大学の近辺に住んでいる。だから、研究時間はかなりフレキシブルで、夜中に実験する人もけっこういる。私も、実験で遅くなった時のために大学の近くに部屋を借りていたのであるが、その涙の日から何日かたった眠れぬ夜、午前二時頃にふらっと研究室に出かけた時、二つめのできごとに遭遇した。

当時講師であった私は、「六研」という大きな研究室を一つまかされ、7~8人の大学院生たちを指導していたが、その夜、夜中の二時というのに、なんと、その部屋の全員が実験をしていたのである。めったにあることではない。心底おどろき、我が目を疑った。辞めるということは、この子らの研究指導を途中でほうりだすことなのだ。こんなにがんばってくれているのに、そんなわけにはいくまいと、36歳の誕生日をすぎてから、もうすこしがんばる決意をした。

そして一ヶ月あまり。それまでもやもやしていた研究が劇的に進み、ゴールデンウィークあけに目が覚めるほどすばらしいデータが出た。いまでもそのデータを見た時の興奮は昨日のことのように思い出せる。うれしくてうれしくて、キャンパスのまわりを、意味もなく、1時間も2時間も自転車で走り回ったのだから。そして、その研究が無事にScience誌に掲載され、母校大阪大学の微生物病研究所教授へと栄転することがきまった。

いいデータが出てしばらくしたある日、鼻歌を歌っている自分を発見して、あぁ鼻歌を歌うのはどれだけぶりだろうか、と驚いたことがある。後から振り返ってみると、限界まで追い詰められていたのかとわかるけれど、追い詰められている時というのは、そこまでとは思っていなかった。苦労を売りにするようでは、人間、最後である、と常々思っているし、苦労などしないにこしたことはない。しかし、あの頃の苦労があったから、それ以降、たいがいのことがあっても、まぁ、あれに比べればどうっちゅうことはない、という腹のくくり方ができているのも事実である。

カタルシスのような涙がなかったら、そして、午前二時の研究室全員集合状態がなかったら、36歳の誕生日を契機に研究を辞めていただろうと思う。ひょっとしたら、あのころは、私の近くに神様がいて、あと一歩だからもうちょっと続けなさいと励ましてくれていたのかもしれない。研究をしていると、必ずしんどいことがあるし、そのしんどいことを乗り越えないと、次の一面に挑戦する権利すら与えられない。残念なことに、努力は必ずしも報われるとは限らない。しかし、かつての大阪大学総長・山村雄一先生が残された名言「天命を待って人事を尽くす」という姿勢だけは保っていないと、決して前に進むこともできないのだ。二つの小さな出来事がなければ人事を尽くせなかっただろうと思うと、とても不思議な気がする。でも、天命や運命というのは、ひょっとしたら、その程度の小さなことで決まっていくものなのかもしれませんね。

仲野徹さんの「天命」が降りてきた話。ジーンときた。

大阪大学大学院 幹細胞病理学/病因解析学|なかのとおるのつぶやき

(via kashino)

(via kashino)


May 12
“本当に創造性がある人は、自分達の考えを縛っている枠組み、自分達が捉われているものについて思いを馳せる。かごの中にいるという前提で話が進む。創造性が無い人はかごの中に自分がいる事に気付いていない。だからかごの外の話をする事を許さないし、そもそも発想できない。” Twitter / daijapan (via yellowblog)

(via f1at)


May 11
“ 早い段階で私が学んだことは、人生のゴールを設定する必要があるということです。短期的なものと、長期的なものの両方です。ちょうどビジネスのやり方と同じです。長期的な目標を持つと、それを達成するための計画を作ることができます。  私たちはそうしたやり方をビジネスには適用します。でも自分たちのこととなると、なかなか適用しません。大きくなったら何になりたいかを見極めることです。私は会社を経営したい。ならばそれを実現するために、どんな準備をすればいいのか、と問うのです。” 【インタビュー】CEOになるために生まれた女性=キャンベルスープのモリソンCEO - WSJ日本版 - jp.WSJ.com (via kotoripiyopiyo)

(via f1at)


“起業すれば、自分は自由に生きられる。就職とは違う「新しい道」が開かれる。そういうのんきな夢物語、つまり妄想を嬉々として語るひとびとの鈍感さに耐えられないひとびとがいた。この手の鈍感なひとびとの口はいつも同じ臭いがした。その声は大きく、その顔はいつでも図々しかった。生まれてから一度も、弱さとは何かと考える必要がなかったひとびと。まったくしあわせなひとびとだった。” Marginal Soldier: 夢と希望のインターネット (via ito1973)

(via f1at)


May 5
“『今日、やっぱり夕飯いらん』

というセリフ、頻繁に使ってないでしょうか?




この言葉、仕事に例えるなら、



上司が話すための会議資料を2時間くらいかけて作ったのに、

『その会議なくなったから資料もういらんわー』

と、軽い感じで言われた。

しかも、その会議がなくなったことは、上司はもっと前から知っているのに、

自分にはギリギリまで伝えてくれなかった。



みたいな感じです。



もし、僕なら、今後この上司のために時間かけて資料を作ろうとは思えなくなります。




というのと同じくらい、

『今日、やっぱり夕飯いらん』というセリフは、相手への気遣いのない言葉です。”
深夜2時帰宅の男の育休日記 - 育休57日目 ~『夕飯いらない』と言われたら~ (via kotomix)

(via hiro-suke)


Apr 9
“「クリエイティブな仕事をされているのに、足立区」

なんていうのじゃ、もったいない。”

フリーランスのセルフブランディング―名刺、住所、服装、場にもこだわろう|Moving spree! (via neeeeeew)

言いたいことはわかるけどさー

(via h-yamaguchi)

(via h-yamaguchi)


Apr 6

矢野:日本は酷い国になったと思います。当社が年商30億円ぐらいのとき、ダイエーに場所を借りに行くときは身が引き締まったものでした。怒られるし、指導されるし、厳しく色々と教えていただいた。しかし、ダイエーの経営が2000年前後におかしくなる前後から、ダイエーの社員が「飲み食い中心」、つまりは接待中心の選択をし始めた。

船が沈み始める頃から、自分だけは生き残りたい、いい思いを少しでも味わいたい、そんなことを思うようになる。人間の心理ですね。つぶれる会社というのはまず社員の心、ソフト面からおかしくなって、それが間もなく店や商品などハードに現れるんです。ひょっとしたら日本という国の状態も、今そうなのではないでしょうか。

人間は、幸い、恐れおののくことができる生き物です。ライオンは、今日お腹が空かないと、恐れおののかない。でも人間には、将来のことを恐れる能力が備わっている。しかし、最近の日本人にはそれがなくなりました。常にいいことが起こり続けるだろうという、思い込みがあります。

もしかしたら国に年金制度がつくられてから、そうなったのかもしれません。日本人は人間、健康で文化的な生活できる権利があると当たり前のように思っているけれど、それは思い込みで、頑張った者に与えられるご褒美に過ぎません。以前から良く言いますが、そうした思い込みにとらわれるのは、恵まれる不幸せとでも言うのでしょうか。私の場合は、若い頃に恵まれなかったからこそ、今日があるのだろうと思っています。

売上高3423億を記録した100円ショップの首位ダイソーの社長の言葉。死の恐怖に慄きながら昔の自分を大きく否定するような「進化」を目指して努力し続けなければ、本当に死んでしまうという金言。

まあ、「進化」という言葉使いが根本的に間違っているのはご愛嬌。進化は生物学的には世代間の主に遺伝子に起因した変化のこと。このダイソーの場合は同一個体における、良い方向への「変化」または「成長」が正しいよね。もちろん、星や銀河で使う天文学的な進化なら同一個体による変化ということも考えられるけれど、いずれにしろ良いとか悪いとかの価値判断はないよね。

「潰れる恐怖から店をオシャレにしました」 ザ・ダイソー矢野社長の“進化”:日経ビジネスオンライン

(via kashino)

(via kashino)


Apr 3
“G+に猫画像を貼って癒される、それがあなたの寂しい人生。
Twitterにもっともらしいことを書いて褒められる、それがきみたちの貧しい人生。
Facebookに自分の写真を貼って自己満足を得る、それが、奈落の前で立ちすくむ私たちの人生。”
ブリッジ (via ito1973)

(via itumb1973)


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